中島勇一著書 第2弾!「こころの力が広がるとき」
出版記念特別インタビュー
Q.どのようなときに「こころの力」を実感しますか?
A.まず、セラピーの場などで、心の問題を抱えたクライエントの話を聞いているときに、「そういえば、自分も昔は似たようなことで悩んでいたな」と思い出す時です。
私たちが悩んでいるとき、誰かからのアドバイスや、「こういう方法でやればいいんだ」と自分で気づいたこと、本に書いてあるやり方などを、実際にやってみることで変わっていくこともあります。
これは、意志の力や思考力といった「考え」レベルの能力によって、悩みが解決した結果だと言えるでしょう。
それに対して、「そういえば悩んでいたな」と思い出すのは、知らないうちに自分が苦しんでいたことや悩んでいたことが、問題ではなくなっていたということです。
このような変化は、問題解決能力を鍛えたからではなく、「こころの力」によってもたらされたものなのです。
Q.「考え」と「こころの力」の違いを、もう少し詳しく教えていただけますか?
A.深く悩んでいたり、苦しんでいたり、葛藤のなかにある人は、気づきやアドバイスといった「考え」レベルでは、なかなか変わっていくことができません。
クライアントによっては、答えははっきり分かっているのに、できないという場合もあるのです。
例えば、恋愛で相手が去っていったとき、自分は相手のことが好きでも、相手はもう自分のことを好きではないので、葛藤が起こります。
このとき、「考え」レベルでは、「自分の気持ちを手放すしかない」と答えが分かっているのです。
しかし、その答え通りに自分の気持ち、心は変わっていきません。あとはいくら考えても、「答えは分かっているけど、できない」と、堂々巡りするだけです。
Q.では、どうすればいいのでしょうか?
A.自分の体験では、セラピーを受けることがとても役に立ちました。
こころの力が育っていくようなセラピーを受けていくと、知らないうちに変わっていくので、何らかのきっかけで――、例えば友達が苦しんでいる時や、心の問題を抱えている人の話を聞いたときに、「自分もこうだった」と思い出すようなことが起こります。
「以前はこのことで悩んでいた」と思い出す過程で、その傷が癒されたと知るのです。
「思い出す」ということは、今はもう、その時の状態とは違うから忘れていられるのであって、今現在も同じテーマで苦しんでいたら、忘れていることはできません。
単純に時間が経過しただけでは、心の傷は癒されないのです。
「忘れる」ということは、心の葛藤やテーマと向き合っていくことから逃げて抑圧したり、問題を切り離していくという状態とは違います。
何かのきっかけで以前抱えていた問題を思い出しても、「あの時は苦しかったけれど今は苦しくないな」というふうに心が変化して、「忘れる」という状態になったのです。
いつ、心が変化したのか、「あの時かな」と思い当たる場合もありますし、分からないことも多いのですが、分からないまま徐々にこころの力が広がってきて、いつの間にか苦しさから抜けてしまっていた、という感じです。
Q.他に、「こころの力」を感じるときはありますか?
A.心があたたかくなるような体験をしたときですね。
「心がこういう状態になれました」という成果や効果ではなく、なんだか嬉しくなったり、感動したり、実感レベルでのあたたかさや、「生きていて良かった」という感覚が感じられる時です。
こうした感覚は、ある出来事によって得られるというよりも、人との関わりのなかで、分かり合えたような感じや、繋がっているような感じとして実感できることが多いようです。
感動や温もりは一瞬で消えてしまうので、直接的な効果になるわけではありません。
しかし、こころの力が広がるような体験をすると、価値観や心の痛み・怖れなどによって、何かに強くこだわり、硬く凝り固まってしまった心が、緩んでくるのです。
こころが緩む体験は、すぐには実感できる効果に結びつかないかもしれませんが、ベース(土台)となって、じわじわと効いてきます。
こころに柔軟性が出てきて、こころの幅が広がり、徐々にものの見方や感じ方が変わってくるのです。
算数の問題を解くのと違って、心理療法を受けに来る人のゴールは、実は問題そのものが解決するということではないのです。
子供の頃に親との関係がうまくいっていなかった等、現状で問題解決しようと思っても、具体的に解決しようがないことで悩んでいる人が多いからです。
このような場合でも、緩む体験によって少しずつこころが変化していくと、何も状況が変わらなくても、具体的で有効な答えがなくても、今まで問題だと思っていたことが、問題だと思えなくなっていくような変化が起きてくるのです。
Q.いわゆる強い人と、こころの力を持っている人の違いは、どういうところでしょうか?
A.私も、こころの力は、自我の強さとイコールだと思っていた時期がありました。
世の中の人間模様を数多く見ていなかった若い頃は、決めたことを集中してやり続けられる人が良い、そういう人にならなければならない、と思っていたせいか、意志の強さや我の強さが、こころの力だと思っていたのです。
しかし、年齢を重ねていくと、自分のやりたいことを諦めずに頑張り続けていた人たちが、ウツになってしまったり、逆に自分のことばかり優先させて周りとの調和が取れずに厄介者扱いされてしまうようなケースを、たくさん見るようになりました。
そういった経験を重ねていくうちに、こころの力とは、権力やパワー、あるいは現実的な問題を解決していく力のことではなく、こころの柔軟性なのだと気づいていきました。
しかし、ただお題目のように「柔軟性を持とう」と思っても、こころが柔軟になるわけではありません。
私自身、セラピーをたくさん受けてはじめて、自分の視点や視座を柔軟に変えられることが、こころの力がある人、すなわちこころに柔軟性がある人の特徴だと、分かるようになりました。
セラピーでは、何度も自我以外のものになる経験をするからです。
こころの力とは、自分以外の他人――相手の立場や第3者の立場、架空の人(現在の問題が解決した未来の自分,問題にはまり込んでしまっている人や、同じ状況でもっと苦しんでいる人)の立場など、自我以外のものの立場に立ってみることのできる力です。
例えば、ウツの人の場合、自我としては、重たい気分が肩や頭の辺りにのしかかっていて、やる気が出ないと感じています。
無意識の中には、肩や頭にのしかかって自分を抑えている部分があるのです。
こちら側の、自分の内側にある自我以外の立場に立ってみると、「周りにばかり気を遣って、もう、こんな生き方やめろよ」と言っているのかもしれません。
自我は、「もっと気遣う必要がある」と思っていても、自我以外の部分では、「もう、いい子で居続けるような生き方はしたくない」と思っているかもしれないのです。
そして、意識的には「やる気が出ない、エネルギーがない」と思っていても、無意識の中ではすごい力で抑えつけている部分があって、そこで莫大なエネルギーが費やされているという構造になっているかもしれないのです。
自分の内側だけでなく、外側の世界でも、異性や部下、被害者の立場に立ってみるなど、他人の気持ちになってみることで、自我以外の気持ちになることができます。
人間は自我を持つことができたからこそ、計画を立てて自分のやりたいように進めていくことができるようになりました。
しかし、自我は、自分も他人も状況もコントロールしようとします。
自我は、私たちのこころ全体をコントロールしようとします。そして、自我を持っている人が集まって社会が形成されると、社会が個人をコントロールするようになります。
私たちは、いわば、自我によって2重のコントロールを受けているような状態です。
そして、コントロールが強くなればなるほど、自我へのこだわりが強くなります。
こころの問題を抱えている人は、こだわりが強くて自我が硬直してしまっているか、逆に、自我が十分に育っていないために、周りの影響を強く受けて振り回されているというケースが多いのです。
いずれにしても、「自我」が大きなポイントになっています。
ここで、自我からほんの少し離れることができる力が、「こころの力」なのです。
自我から離れるためには、2つの視点の移動が必要です。
ひとつは、他人の立場に立ってみるという、横の視点の移動。
もうひとつは、縦の視点、すなわち自分のこころの中での深さの移動です。
人生の中でこころが成長した人は、自分にこだわらず、人の身になること、他人の立場になるということが、体験的にできるようになっています。
これは、横の視点の移動です。
縦(深さ)の視点の移動については、心理療法などを通じて、無意識の奥にある自我以外の気持ちを体験することが役に立ちます。