「自己不安の解消とヒプノセラピー」
小さな頃、私達の欲しいものは両親の愛だけでした。それほど両親のことが大好きでした。
裕子さん(仮名40歳)は人材派遣会社を経営しています。ショートヘアーが小柄で細身のスタイルに似合っています。いつも背筋を伸ばしていてしっかりとした印象を与えています。4年前に独立して夢中で頑張ってきましたが、最近、以前のような自信がなくなってきたそうです。同時に体もあちこち悪くなって、ますます気力がなくなってきたと言います。
なにかきっかけとなるような出来事が思い当たるかどうか尋ねると、「独立前に10年間ある会社に勤めていました。しかし、社長が新しい仕事の方向に進むようになったので、私はそれについていけないと反発して会社を辞めたんです。それから数ヶ月して自分で会社を興し、独立の報告も兼ねてその社長に連絡をしたら、一緒に食事をしようと言ってくれたんです。私は彼に反発して会社を辞めましたが、反面、父親のようにとても信頼していました。ところがその日を楽しみにしていたのに、突然、事故で亡くなられてしまったのです。
彼の突然の死に、私は今までにないほど取り乱してしまいました。それまで仕事一筋で、いつも前向きで自信のある自分を周りにみせてきたのに、そうでない自分が内側から溢れ出てきたような気がしました」
「どんな自分が出てきたのですか」
「それまでは女性スタッフやクライアントから結婚や家庭のことで仕事を辞めたいと相談を受けても、私自身が家庭より仕事を優先して生きてきたので、仕事を続けるよう自信を持って説得できていました。
でも、前の社長に反発して会社を辞めてから、自分の中のしっかりとした軸が徐々に揺らいできてしまい、それが彼の死によって一気に崩れてしまったのです。今の私は自信がなくて、ゆとりがなくて、理由もないのに皆に申し訳ないような気持ちがします。こんな自分を見せてはいけないと思って、周りには今まで通りの自信のある自分をみせているんですけど、見抜かれているんじゃないかと皆の顔色をうかがうような自分がいるんです。前の会社では、私は社長とスタッフとの間でのフォロー役をしていました。
今考えてみると、以前は社長がいたからできていたので、実際は自分の力じゃなかったんだと思うんです。現在の会社ではスタッフも頑張ってくれるし、お客さんもきてくれているのに、もう会社をたたんでしまいたいと思うこともあるんです」
「あなたとお父さんとはどのような関係でしたか」
「私の幼いころ、父はお酒を飲んでは母に暴力を振るっていましたが、私が止めに入るとすぐに止めてくれました。でも、私が見ていないところではかなりひどかったそうです。それで6歳のとき、とうとう母が家を出て行ってしまいました。でも、父は私には優しくて、母がいなくても父と一緒にいられるだけで私は幸せでした。
7歳のとき、母が付き合っている男性と一緒に現れて『おばあちゃんが危篤だ』と嘘をついて、私は実家に連れていかれたのですが、『もう二度とお父さんには会えないんだ』と思って、死んでしまうほど悲しかったことを憶えています。一年後、母との正式な離婚の手続きのために会いにきた父と、最後は駅のホームで別れました。父を乗せた電車がどんどん遠ざかるのを見送りながら、母の手前もあり、しかたがないんだと一生懸命涙をこらえていました」
「大人になって25年ぶりに父に会いに行きました。それまでひたすら頑張って仕事をしてきましたが、社長とのすれ違いで目標が見えなくなり、行き詰まっていました。また、ずっと母とうまくいっていなかったこともあり、急に父に会いたくなったのです。でもそのときは父を目の前にして、特に強い感情がわくわけでもなく、それまでの人生について淡々と話をしました。父は再婚して、そちらの家庭に子供もいて幸せそうでした」
「前の社長さんが亡くなられたとき、あんなふうに自分が反発して会社を辞めなければ、彼は死ななかったのではないかという気持ちがありませんでしたか」私が言うと、裕子さんは突然泣き始めました。
「あなたは恋や結婚、家庭や家族よりも仕事を優先して働いてきましたね。そんなにまでして社長のもとで働いてきたのはなぜですか」「彼を単なる上司という以上に、幼い頃に別れた父親のように感じていたからです。とても大切に思っていました」
「ではなぜ、彼に反発して会社を辞めることになってしまったのでしょう?あなたは表面意識では気付いていないかもしれませんか、父親に対するとても強い怒り、怒りよりもさらに強い『激怒』を抑圧しています」
「どちらかというと私を父のところから引き離した母をうらんでいましたけど・・・」
「もちろん母親への怒りもありますよ。だから母親にたよらずに独りで頑張ってきたんでしょう。でも、父親に対して、それよりももっとずっと大きな怒りがあります。それは『どうして私を連れ戻しにきてくれなかったの』というハートが破れてしまうような感情です。8歳のときあなたは、『大好きなお父さんにもう二度と会えない』と思い、本当に死んでしまうほど悲しかったのです。でも幼い自分にはどうすることもできません。無力な自分への怒りが、だんだん自分を連れ戻してくれない父親に無意識のうちに投影されていったのです。
でもあなたの中で、大好きなお父さんに対する怒りは、許されない感情でした。そこでこの怒りを完全に押さえ込んでしまったのです。8つのあなたにとって、この怒りはあまりに大きく、そして悲しみもあまりに深かったのです。だから、お父さんと最後の別れのとき、あなたはお父さんと、お父さんのことを心から愛している自分自身を、心の中で殺したのです。だから33歳でお父さんに会っても、何も感じられなかったのです」
裕子さんは呆然と私を見ています。
「『殺した』という代わりに、『抑圧した』、『諦めた』、『捨てた』と言ってもいいですよ。しかし、あるレベルで、そのとき文字通り心の一部が死んでしまったのです。
そのときからお父さんに対して、無意識レベルで罪悪感をずっと抱いていました。だから、父親を連想させる人物の前では、一生懸命に『父親思いの良い娘』のように接しようとします。でもそのうちに、抑えていた怒りが出てきて反発してしまうのです。結婚してからはご主人への怒りが出てきませんでしたか」
「今振り返ってみると、夫の些細な行動がどうしても許せなくて離婚しました」
父との関係で傷がある女性は、男性との関係にゆとりを持てず、また仕事の面でも独りで頑張りすぎるハードワークになりがちです。また、一般的に離婚などで父親がいなくなると、母親も生活に追われて子供に対するゆとりがなくなっていくので、母親との関係でも傷つく場合もよくあります。
「社長が亡くなられたときに感じた気持ちを感じてみてください。それは小さい頃、お父さんと最後に別れたときに感じた気持ちに似ていませんか」
「同じ気持ちです」
裕子さんの閉じたまぶたから大粒の涙が溢れてきます。
「心の中で自分がお父さんを殺した、あるいはお父さんを捨ててしまったという気持ちがあったので、実際に父親のように思っていた社長が亡くなったとき、まるで自分のせいで死なせてしまったような思いがして心が痛んだのです。
その罪悪感の中で、あなたは自分をずっと責めつづけています。そして、社長に会って伝えたいことがたくさんあったのに、もう二度と会うことができないつらさをずっと感じつづけてきました。
でもこの罪悪感、苦しみは幻想ですよ。なぜなら、裕子さんがお父さんのことを好きでなかったら怒りも悲しみも感じなかったでしょう。お父さんのことが大好きだったから傷ついたんですよ。大好きだからこそ、お父さんが無力な自分を見捨てたことに対しても、ものすごい怒りを感じたのです。そして、もう会えないくらいなら、心の中のお父さんの存在を完全に消してしまうしかなかったのです。あなたはお父さんを愛していたんです。
もう一度、あなたの中の死んでしまったお父さんを生き返らせてあげてください。お父さんを抱きしめて『大好き。会いたかった』と言ってあげてください。あなたがあのときお父さんから一番欲しかった愛を、今あなたがお父さんに与えてあげてください。そうすれば、あのとき死んでしまった、あなたの一部分も生き返ることができます」
裕子さんは泣きながら「お父さん大好き。会いたかった」と何度も何度もつぶやいています。「どうして私を置いていったの。どうして迎えにきてくれなかったの。お父さんに会いたかったのに。お母さんと別れて私のことも嫌いになっちゃったの。お父さんのこと大好きなのに、もう私のこと忘れちゃったの。そう思うとすごく悲しいよ。でもお父さんのこと嫌いになれない。悲しいよ。お父さん大好きだよ」
今まで決して表面に現れることのなかった傷と痛みがどんどん浮かび上がってきては、涙で洗い流されていきます。不思議なことに、そうしているうちに、彼女の表情がどんどん幼い女の子のようになっていきました。まるで、父親と最後に駅で別れたときの幼い裕子さんが泣いているようです。
裕子さんは今まで仕事一筋で生きてきました。そのような生き方は、自分が望んでやってきたことだと思っていました。でもそれは、大好きな父親と引き離されたときに感じた深い悲しみや怒りを感じないようにするための行為だったのです。それが、父親のように思っていた社長の死をきっかけに、自信のなさ、無気力として症状にあらわれてきたと思われます。
裕子さんは本来、仕事のできる有能な女性です。仕事が好きでチャレンジしていく熱意もある人です。だからこそ、ここまで成し遂げてこられたのです。そして前の社長を信頼していた気持ちも真実です。でも、そこに父親に対する感情が霧のようにたちこめて、何が真実で、何が偽りなのかわからなくなってしまっていたのです。
父親との傷が消えていき、真実の自分自身を取り戻していくにつれて、裕子さんの人生に愛と信頼と勇気がよみがえってくることでしょう。