※ 中島勇一著『こころの力が広がるとき』のイントロダクションより転載


「ヒプノセラピーで自分を変える」


「潜在能力を発揮する能力開発プログラム」「潜在意識を使ったイメージトレーニング」など、近年はそんなキャッチフレーズがマスメディアでも聞かれるようになりました。「潜在能力」「潜在意識」といった言葉や概念が、一般にも広く浸透しつつあるようです。


人間には、意識(「顕在意識」とも呼びます)と無意識があります。「潜在意識」とは、無意識の中の、比較的浅くて、より意識(自我)に近い部分です。ここに眠っているとされる私たちの隠れた才能や能力を引き出したり、役に立つ行動パターンを暗示のような形で入れたりするために、様々な能力開発・発揮プログラムが開発されているのです。


私自身、最初から心理療法家を目指していたわけではなく、自分の潜在能力をもっと開発したいと思ったことがきっかけとなり、心の中を扱う世界と出会っていきました。すると、能力開発を目的としたセミナーを受講した直後は、確かに何か良くなっていくような気がするのですが、セミナー会場ではたっぷりとあったはずのやる気が、実生活に戻るといつの間にかしぼんでしまうことが多々あったのです。


■「気づき」だけでは変わっていかないとき


このように、潜在能力を開発するようなセミナーでも、すぐにノウハウを自分のものにできる人と、思うように伸びていかないと感じる人がいます。あるいは、コーチングや本などで、新しい「気づき」をたくさん得ても、その通りに行動できる人と、最初は行動しようと思っていても、いつの間にか行動しようと思うだけで億劫になってしまう人がいます。なぜ、「気づく」だけで変わっていくことができる人と、そうでない人がいるのでしょうか? この違いは、どこから生まれるのでしょうか?


心理療法を受けるようになって、私はこの疑問に対する答えに気がつきました。それは、無意識の中にある心の傷が、意識上の願望にブレーキをかけているということです。


数直線 数直線でいうと、健全な反応パターンの人をプラス10とした場合、心に大きな傷のある人は、マイナス10の状態です。不安や怖れなどが引き起こされるような体験がトラウマとなっている人は、「人を信じないぞ」「心を許さないぞ」といった思い込みや、身体の緊張といった反応が無意識のうちに出てきて、意識が目指す方向に対してブレーキがかかってしまうことがあります。そのため、自分ではトラウマを認識していなくても、能力開発やコーチングといったやり方では、なかなか効果的に変わっていくことができないのです。


コーチングなどでは、自分がどうなりたいのか、どんな感覚を得たいのか、といった未来像を明確にしていくところからスタートします。これは、元々プラス10の能力のある人が、なりたい自分になるために、心理療法の「潜在意識に働きかける」エッセンスを使って、もっと能力を伸ばしていこうとするやり方です。このような人たちが、「潜在能力を活用して成功する」「お金持ちになる」というようなカリキュラムや教材を活用していくと、意識と潜在意識とが協力し合って、勢いよく成功に向かっていくことができます。


しかし、マイナスの状態にいる人が、いきなりプラスの状態をよりプラスにする方法を習得しようとしても、心が傷ついたときの反応やパターンが自分では気づかないうちに出てきて、元のマイナスの状態に引き戻されてしまうようなことが起こるのです。ですから、まず、マイナスの状態になっている心を、ゼロの状態まで回復させることが先なのです。その後に、能力開発スキルを活用すれば、望むような効果を得ることができるでしょう。


■心の構造


こころの構造 では、心をマイナスからゼロへと回復させるには、どうしたらいいのでしょうか。


実は、「こういうことが原因なんだ」と分析したり、どうしたら良くなるかを一生懸命に考えて、「もっと前向きに考えよう」「そんな出来事は過ぎたことなんだから」などと自分に言い聞かせたりしても、あまり効果がないのです。いくら頭で「ああしよう、こうしよう」と考えても、それは無意識まで入って定着していかないからです。なぜそのような仕組みになっているのか、私たちの心の構造についてお話ししましょう。


意識と無意識の間には、境界線のように、2つの領域を隔てている機能があります。この部分は、無意識の中にある情報が、勝手に意識に浮かんできたり、外側から、無意識の中に、いろいろな情報を無防備に入れられたりしないようにする働きを持っています。


夜、眠っているときに、現実ではあり得ないような夢を見ますよね? 夢には、無意識の中にある様々なものが出てきます。無意識の世界は言葉でできているのではなく、イメージや感覚、感情といったもので成り立っています。さらに深いところは、感情やイメージですらも表せないようなもので出来ているのです。それに引き換え、意識の世界では、言語的な考えが優位に立っています。起きているときに、無意識の中にあるものが意識の世界に出てこないように抑えているこの機能が正常に働いていない人は、起きている最中にも、夢の世界が意識上に出てきてしまいます。これは、「幻覚」と呼ばれているもので、夢と現実の区別がつかなくなり、心が苦しくなってしまいます。


子供は、これから生きていく上で必要なたくさんの情報を吸収しなくてはならないので、意識と無意識を隔てる機能がオープンになっています。無意識の中に、周りの大人や社会の考え方や行動・在り方を全部丸ごと大量に取り入れて、自動操縦してくれる部分をどんどん増やしていくためには、そのほうがいいのです。生まれたばかりの赤ちゃんが言葉を習得するまで驚くほど早いのも、この機能がオープンになっているためです。


そして小学校の高学年くらいになると、情報の出入りを制御する機能が働いてくるようになります。これも、それまでの経験で培われたものを土台として、「自我」をしっかりと育てていくために必要なことなのです。


つまり、私たちが大人になってから、「これからは自分を変えて、新しい自分になるぞ!」といくら決意しても、もう無意識の中にまではなかなか入っていってくれません。たとえそれが今の自分には不都合であっても、子供の頃に無意識に取り入れられた観念が、相変わらず自動操縦のように機能し続けるのです。


例えば、引っ込み思案を治したいと思っている人がいるとしましょう。この人が、小さい頃に、本当は友だちが悪かったのに、先生に誤解されて叱られ、「自分は間違ってない」と主張したところ、「言い訳するんじゃない!」と、さらに酷く叱られてしまった経験があるとします。ここで、これ以上自分が傷つかないようにするために、下手に自分の思っていることを言うよりも、嵐が過ぎ去るまで待ったほうがいい、引きこもっていようと深く心に刻むと、それがその後のこの人の考え方・行動の指針となります。


これは、その時のその人が、自分の身を守るためにつくった行動パターンです。しかし、大人になって「もっと前向きに自己表現したい」と思っても、自分と意見の違う人や、初対面でどういう人か分からないときに、無意識のうちに人見知りして、引きこもることで自分を守るという構図が、自動操縦のように起きてしまうのです。この状態で、先ほどもお話しした通り、「もっと心を開いて、前向きに人と接しよう」といったことをいくら考えても、無意識の中には入っていかないのです。


■ヒプノセラピーによるアプローチ


ここで、無意識に情報を伝えていくために、「ヒプノ(催眠)」を使っていきます。催眠状態になると、意識と無意識の間にある境界線が緩むので、心の中にあるものが、イメージや感覚や感情として意識のほうに出てきやすくなります。また、暗示を入れることも容易になります。つまり、意識と無意識の間で、情報を伝え合い、受け取り合い、分かち合っていくというコミュニケーションができるようになるのが、催眠状態なのです。


ただし、単にヒプノ、つまり催眠をすれば、心が変化し、癒されていくわけではありません。確かに、催眠状態を体験するだけでも、心と体がリラックスしていき、ある程度自然に楽になっていくことはあります。しかし、催眠自体はセラピーではなく、意識と無意識の間にある境界線を緩めていくだけなのです。この催眠状態の中で何をしていくかによって、様々な結果が出てきます。例えばステージ催眠では、催眠状態の人に、暗示という形で面白おかしいことを入れ、その人が暗示通りに行動する様子をショーにしたりしています。本屋さんに行けば、「催眠を使って人の心を自由自在に操る」とか、「催眠を使って女性をくどく」といった本も並んでいます。


ですから、催眠イコール心が癒される、ということではないのです。過去に心が傷つく体験と共に強く感じた気持ちがずっと自動的に働き続けていて、今の自分の足を引っ張るような言動が起きてしまっているとき、自分ではどうすることもできないことが多いものです。そんなとき、催眠状態が心身に及ぼす作用をうまく利用しながら心理療法を行うのが、ヒプノセラピーです。あなたの中のもういらなくなったパターンを楽に手放していき、そしてあなたがなりたい自分に少しでも近づいていくことができるよう、マイナスからゼロへ、ゼロからプラスへと、心を変化させていく方法の一つなのです。